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東京地方裁判所 平成11年(ワ)9194号 判決

原告 A

右訴訟代理人弁護士 那須弘平

同 中島鉱三

右那須弘平訴訟復代理人弁護士 横田高人

被告 B

主文

一  被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成一一年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、自ら左記の行為をし、又は知人、その他の第三者をして、左記の行為を行わせてはならない。

1  原告に対し、原告を誹謗、中傷する手紙、葉書、ファックス又は電報を送付すること。

2  原告の自宅及び原告の両親宅(住所 群馬県高崎市寺尾町五七三番の一)に電話(留守番電話への伝言を含む。)をかけること。

三  被告は、原告の自宅を訪問し、又は原告自宅入口から半径一〇〇メートル以内に立ち入ってはならない。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを一〇分し、その六を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

六  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は原告に対し、金三二〇万円及びこれに対する平成一一年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  主文二項、三項と同旨

第二事案の概要

本件は、被告が、平成八年三月ころから平成一一年三月ころまで、原告に対し、原告を誹謗、中傷する内容の葉書、手紙を送付し、電話をかけるなどし、また、原告の両親宅にも電話をするなど、原告の名誉等の人格権を侵害したとして、不法行為を理由に、その慰謝料二〇〇万円及び弁護士費用一二〇万円の合計三二〇万円並びに原告及び原告の両親宅に対する架電行為等の禁止及び原告の自宅から半径一〇〇メートル以内の範囲内への立入禁止を求めた事案である。

一  争いがない事実

1  原告は、昭和四六年五月出生し、平成七年早稲田大学教育学部を卒業後、二年間日本写真芸術専門学校で学んだ後、平成一一年三月ころまで株式会社朝日新聞社(以下「朝日新聞社」という。)出版写真部の嘱託カメラマンとして活動していた。

2  被告は、昭和二七年一一月に出生し、昭和五三年ころ上京し、現在肩書地において居住している。

3  原告と被告は、平成六年ころ、顔見知りとなり、平成七年になって、偶然再会してから親しくなり、そのころから肉体関係をもち、すくなくとも平成八年秋ころまで継続した。

4  平成八年一二月一九日、被告は、当時の原告宅のべランダから転落し、右足踵と骨盤を骨折した。

5  平成九年二月に原告は、当時の自宅から同じ豊島区内の東池袋二丁目四六番一一号第二奥山荘一〇一号室に引越し、同年四月から朝日新聞社の出版写真部に嘱託として就職した。

6  平成一〇年三月二一日、静岡県浜松市において、原告及び原告の両親は、被告及び被告の母及び継父と会った。

7  平成一〇年四月一五日から同年七月二日までの間、被告は、数回、原告を感情的に非難する内容の葉書を送った。

8  平成一〇年一月一五日から同年六月一七日までの間、被告は、原告の両親宅(群馬県高崎市)に三〇回にわたり電話をかけた。

9  原告は、平成一〇年一一月末に、原告肩書地に引越し、電話番号も変更した。

10  被告は、原告に対し、平成一一年二月二一日夜、無言電話をした。

11  平成一一年二月二六日夜、被告が原告の自宅を訪ね、原告が一一〇番通報したため、原告と被告が警察に事情を聴かれた。

12  平成一一年二月二八日及び同年三月一日、被告から原告へ留守番電話が入っており、その内容は過去のことに対するくり返しと原告を非難するものであった。

13  平成一一年三月二日午後一一時二二分、同日午後一一時二五分、同日午後一一時三〇分ころにそれぞれ被告から原告に対し、留守番電話があり、「治療費払うの、払わないの。」「私が勝手に飛び降りたというのなら、合理的な説明をしなさいよ。」「できるはずないじゃないの。どっちが原告になろうと被告になろうと、あなたの方が完全に不利なんだからね。」などの内容のことを話した。

14  平成一一年三月四日、被告は、当時原告が嘱託として勤務していた朝日新聞社の受付に行った。

15  平成一一年三月九日、被告が原告宅を訪問したところ、原告とトラブルになり、警察官に来てもらった。

二  主な争点

1  被告は、平成八年三月から平成一一年三月まで、原告を誹謗、中傷する内容の葉書や手紙を送ったり、電話をするなどしたか否か、また原告宅を訪問し、原告に暴言を浴びせるなどの行為をしたか否か、原告の両親宅へ電話をするなどしたか否か。

2  慰謝料の額等

第三争点に対する判断

<争点1について>

一  前記第二、一の争いのない事実、証拠(甲1ないし30、32の1ないし26、33の1・2、34の1ないし103、35、36の1・2、38ないし41の各1・2、42、43の各1・2、44、45、46の1・2、47、48の1・2、49、50、乙1、2、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

1 原告は、昭和四六年五月出生し、平成七年早稲田大学教育学部を卒業後、二年間日本写真芸術専門学校で学んだ後、平成九年四月に朝日新聞社出版写真部の嘱託カメラマンとして採用され、平成一一年三月ころまで同社出版写真部嘱託カメラマンとして活動していた。

2 被告は、昭和二七年一一月に出生し、昭和五三年ころ上京し、現在肩書地において居住している。

3 原告と被告は、平成六年ころ、顔見知りとなり、平成七年になって、偶然再会してから親しくなり、そのころから肉体関係をもち、すくなくとも平成八年秋ころまで継続した。

4 原告は、被告に対し、平成七年の暮れころに、原告が前記写真の専門学校に行っていたことから、ヌ-ド写真を撮らせてくれるように依頼したが、被告は当初断っていたが、断り切れなくなり承諾した。

5 被告は、原告に対し、右写真のネガを返してほしいと頼んでいたが、原告は返却をしなかったため、被告は、原告の実家の両親(群馬県高崎市)にも電話でその旨依頼をしたりした。

6 原告は、平成八年夏ころ、被告がそれまで、原告の当時の自宅に訪ねて来て大声で叫んだり、ドアを強くたたき続けたりすることについて、最寄りの警察署である目白署の生活安全課に相談をしていたが、民事上の問題であるとして自主的な解決をまかされた。

7 平成八年一二月一九日、被告としては、前記写真のネガを返してもらうべく原告の当時の自宅に赴いたが、原告は、被告を逃がさないようにするため、入口のドアの鍵をかけ、原告の実家の母へ電話をして対処の方法を相談していたところ、被告は、原告宅のべランダから飛び降りた。被告は下でうずくまっていたが、原告は、被告が飛び降りるところを見ていなかったこと、ベランダから下にかけて脚立がかけられていたことから、被告はそれを伝って下りたものと考えたが、原告が被告を担いで原告の部屋へ運び入れた。被告は、原告に対し、救急車を呼ぶように依頼したが、原告は、ベランダの下にかけてあった脚立を伝っておりたと考えていたこともあって被告の訴えは嘘であると思い放置していたところ、被告自ら救急車を呼んだ。原告も一緒に救急車に乗って被告に付き添った。被告は、右踵骨骨折、骨盤骨折と診断され、板橋区内の病院に平成八年一二月二一日から平成九年三月三〇日まで入院し、同月三〇日に退院した。

なお、前記被告を撮影した写真のネガは、原告側で焼却したとするが、被告は、それを信用してはいない。

8 原告は、平成九年二月、当時の自宅から同じ豊島区東池袋二丁目四六番一一号第二奥山荘一〇一号室に引越した。

9 被告は、右8の原告の自宅住所についても調べ(被告は原告の知り合いから聞いたとする。)、右自宅に赴き、大声で騒ぐなどの行為をした。

10 平成一〇年二月ころ、原告宅の留守番電話に「原告のことを放火未遂とNTTの電話線切断の件で目白警察署に訴えた。」旨のメッセージが入っていたため、原告が目白警察署で確認したところ、実際に右のような事実があり、被告がその旨の訴えをしていたことが確認できた。

11 平成一〇年三月二一日、静岡県浜松市において、原告及び原告の両親は、被告及び被告の母及び継父と会い、善後策について話し合い、原告は、平成八年一二月一九日、被告が原告の当時の自宅のべランダから飛び降りて負傷したが、原告は、被告が嘘をついていると思って救急車を呼ばなかったことについて謝罪したが、被告としては、その謝罪態度等については不満であった。

12 平成一〇年四月一五日ころから同年八月ころまでの間、被告あるいは被告が第三者を通じて、三〇通の原告を誹謗、中傷する内容の葉書を原告に送付したり、同年四月及び五月には、架空の第三者名義で原告を誹謗、中傷する内容の手紙を、被告が送付した。

13 平成一〇年一月一五日から同年六月一七日までの間、被告は、原告の両親宅(群馬県高崎市)に三〇回にわたり電話をかけた。

14 原告は、平成一〇年一一月末に、原告肩書地に引越し、電話番号も変更した。

15 平成一一年一月末ころから頻繁に、右変更した電話番号へ被告から無言電話や迷惑電話、原告を誹謗、中傷する内容の電話がかかってきた。たとえば、平成一一年二月二八日及び三月一日、被告から原告へ留守番電話が入っており、その内容は過去のことに対するくり返しと原告を非難するものであり、平成一一年三月二日午後一一時二二分、同日午後一一時二五分及び同日午後一一時三〇分ころ、それぞれ留守番電話に「治療費払うの、払わないの。」「私が勝手に飛び降りたというのなら、合理的な説明をしなさいよ。」「できるはずないじゃないの。どっちが原告になろうと被告になろうと、あなたの方が完全に不利なんだからね。」などの内容の話が録音されていた。

16 平成一一年二月二六日夜、被告が原告の自宅を訪ね、被告の足のことや貸したお金を返してくれなどと言って騒いだため、原告は浅草署へ一一〇番通報し、警察署において、原告と被告の双方が事情を聴かれた。

17 平成一一年三月四日、被告は、当時原告が嘱託として勤務していた朝日新聞社の受付に行き、原告との面会を要望したが、原告は会わなかった。

18 平成一一年三月九日の夜、原告宅へ被告が来たことから、原告は、警察を呼んだことがあった。

原告は、このころ被告のこれまでの行動によって睡眠不足のため疲労感を覚えたことから病院に行って睡眠薬をもらったりした。また、原告は、勤務していた朝日新聞社にも迷惑がかかるとして、平成一一年三月で同社を退職した。

19 原告は本件訴えを平成一一年四月二四日に提起したが、同年五月には被告から、足の治療費四〇〇〇万円を支払えといった内容の電報が原告宅へ送られてきたり、また、前記と同様の原告を誹謗、中傷する内容の電話や原告を困惑させる内容の電話をかけてきており、その時期は少なくとも平成一二年八月まで続いた。

二  以上の認定事実によれば、被告は、平成八年夏ころから平成一二年八月ころまでの間にわたって、原告に対し、原告宅へおしかけたり、原告を誹謗、中傷する内容の葉書、手紙を送付したり、同様の内容の電話や無言電話などをしたものであって(なお、被告は、無言電話については否認するが、当時の原告と被告の状況からすると被告以外には考えられないものであって、被告が無言電話をなしたと推認するのが相当である。)、これら被告の一連の行為は、被告が、原告に対し、被告のヌードの写真のネガの返却を求めていたが、原告がこれに応ずることなく、右ネガを焼却し処分したこと、また、右ネガの返却を求めて原告宅へ行った際に被告がベランダから飛び降りて怪我をしたことなどに対し、原告が誠意ある対応を示さなかったことが基本的な動機となっていることが認められ、右被告の動機自体は理解できる点があるし、原告の対応についてもいささか配慮に欠ける面があったことは否定できないとしても、平成一〇年三月二一日に、原告と原告の両親及び被告と被告の母と継父とで話合いの機会をもっており、原告としても被告に対し、被告が原告宅のべランダから飛び降りた際に救急車を呼ばなかったことについては一応の謝罪はなされているものであって、その後の被告の原告に対する前記認定の一連の行動によって、原告は睡眠不足と疲労感から病院に行く事態にもなっており、また、当時勤務していた株式会社朝日新聞社も退職するにいたったものであって、原告と被告が一時期男女関係にあった事情を考慮しても一私人である原告に対する被告の右行為は到底正当行為として是認することはできず、原告の名誉あるいは平穏に生活する利益を侵害する違法な行為と言わざるをえない。

<争点2について>

一  前記認定の被告の行為の期間は、平成八年夏ころから訴え提起時である平成一一年四月二四日までの三年弱にわたるものであること(なお、その後の平成一二年八月まで継続したことは前記認定のとおりである。)、被告の原告に対して送付した葉書、手紙及び電話の内容等は原告を相当程度誹謗、中傷するものであることなどの事情に照らすと、本件における原告の精神的損害を慰謝するには八〇万円をもって相当とする。

二  また、被告の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用相当の損害は、二〇万円とするのが相当である。

<結論>

以上の次第で、原告の被告に対する慰謝料を求める点は、金一〇〇万円及びこれに対する本件不法行為の後であることが明らかな平成一一年四月一日から民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないから棄却することとし、原告の被告に対する架電行為禁止等を求める請求は、<争点1>で認定、検討したことによれば、その必要性が認められ、理由があるから認容することとし主文のとおり判決する。

(裁判官 浦木厚利)

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